地元を離れて都会に暮らす独身女の、迷いと決断

2020年4月14日

私は以前「地元に帰るか否か」という迷いと葛藤について数度にわたってブログに書いてきたけど、おそらくこのテーマについて書くのはこれが最後になるのではないかと思う。 

 

 

私は30歳で両親はもう気が付くと60代後半。

18歳の時、第一志望の大学に晴れて合格することができ、地元を離れた。

地元に戻るには電車で数時間かかる関西で一人暮らしを始めたときは「また帰ってくるのだろうな」と親は思っていたのではないかと、今になってよく思うことがある。

私には兄弟がおらず「一人っ子が田舎の家を出るなんて」みたいなことを周囲に言われながらも就職したので、なおさらだ。

 

 

でも私はそのような周囲の期待に反して、地元で就職することもしなかった。

都会のほうが仕事の選択肢がたくさんあるし、刺激がたくさんあって楽しい。お店もたくさんある。大学で関西に住んで以来、関西にも馴染みがあるし好きだ。

それに地元には就職先は本当に数限られた場所しかない。

当時、向上心の塊のような22歳の私は地元の会社に就職するのだけは嫌だった。絶対に関西か東京で就職すると決めていた。

 

そして、バリバリやりたい自分が紆余曲折あって現在のぬるま湯の会社に落ち着くまで、20代のうちに転職は2回している。そして結局今のぬるま湯オブぬるま湯に嫌気がさしまくって心と身体がおかしくなり、また転職するつもりだ。

でも、その間一度も関西から動いていないし、次回の転職先でも動くつもりはない。

その間「何回か会社をやめたのだからタイミングは十分あっただろうに、なぜ地元に戻ってこないのか?」という両親の本音のようなものを感じ取るようなことも、実は何度かあった。気が付かないふりをしていたけど。

 

両親らが思う以上に、親戚はもっと心配しているらしく「なぜあいつは帰ってこないのか」ということを口うるさく言われていたようだ。

伯母には帰省するたびに、やんわり、ときにはっきりと「帰ってこないなんて、そんな親不孝なことはない」と言われ、まあそれも実際にそうかもしれないので、何も言えないところであった。

「まあ仕方がないですよ」といった伯母への説得を、私の知らないところで両親には強いてしまう形になっている気がする。

いつだったか、祖母が「やよいちゃんはいつ地元に戻ってくるのか」と母に聞いてきたらしく、そのときに母は「お義母さん、やよいはもう帰ってこないと思いますよ??」と説明したと聞いた。

両親も本心では私に帰ってきてほしいと思っているはずなのに、このようなことを説明しなければならないことになったのは、心苦しい。 

 

これは再三過去の記事でも述べていることだけど、私も地元が嫌いなわけではないし、むしろ好きだ。

環境も良いし長所はちゃんと理解している。

今はそうじゃないのであまりこういうことは言わないようにしているけど、本音で言えばそりゃ両親はある程度近くに住んでいるほうがいいし、私の地元のような自然の多い、いわゆる「田舎」に住むということは確かに理想的なライフスタイルのひとつだとは思う。

 

 

帰りたくなかったわけではない。

前にも書いたけど「現在の状況のままにするか別の選択肢をとるか、どうしようか迷っている」と人が言うときは大体別の選択肢のほうに傾いているんだと思う。

そうじゃなければ「このまま」を選択したほうが自然なわけだし、迷う必要はないから。

ただ、別の選択肢と同じくらい現在の状況が望ましいと思っているか、別の選択肢をとるほどの良さがあるかどうか自信がもてないから迷うということが多い気がする。

 

帰りたくないから単純に「帰らなくていい理由を探している」というわけではない。

親不孝な行動をしているということがどうしても気にかかる、という理由で今まで葛藤してきたわけでもない。

本当に地元に戻ることは何度も考えた。

私の身に起きる出来事によってはそちらの選択肢に大きく傾いていた可能性もあったし、どうなるか、これは五分五分だよなと思っていた。自分のことなのに賭け馬みたいな言い方だけど。

26歳から29歳くらいまで、事あるごとにこの問題について考えすぎて疲れていた。

 

 

 

 

 

そんな私にも良いご縁があって、このたび結婚することになった。

 

結婚することになりそうと電話で母に報告したところ、「良かったじゃないの」と言われたものの、「おめでたい、けど何か…」というニュアンスがあった。

明らかにテンションが下がっているとかそういう感じではないのだけど、正直な気持ちがすべて態度に出る母のことを知っている私には、それがよくわかった。

結婚に反対しているとか、私の相手に対して不安を感じているとかそういうものではなく、ああ、ついになのか、本当に家を出てしまうんだな、という寂しさや感慨深さなのか、そういう複雑な感じのような気がした。

 

 

母は私と同じ好奇心旺盛な人間で、一人娘が実家に住んでいないからと言って落ち込む感じも一切見せずアクティブにやっているので、退屈しているわけでもない。

 「彼氏と結婚の挨拶に(実家に)行くから予定をあけといてほしい」と言ったら「6月は忙しいからやめてくれ」といって断られた。あいてる日がほぼ無いらしい。無職なのに。

30歳の私よりもよほどリア充だ。

多趣味で誰とでもすぐに仲良くなるので参加しているコミュニティも多く、1年ほど前からインスタを教えて始めたところすぐにハマったようで、今や私の10倍ほどのフォロワーがいる。

それどこだっけ?と地図で調べてみてしまうような、観光地としてあまりメジャーではない国に一人で旅行したりもしている。これから留学にも行きたいらしい。

もちろん高齢者なりの体の不調はあるし健康に不安要素がないってわけではないけれど、毎日あれこれ考えて精神をすり減らしている私よりもよほど元気そうに見える。

 

 

だけどそれでも「できれば帰ってきてほしかった」というニュアンスを寂しそうに含ませながら話す母を見ていると、私が地元に帰らなかったことについてはやはり申し訳なかったな、という気持ちでいる。

ただ、以前のような後ろめたさはない。

 

それは多分、私が生涯一緒にいたいと思える人に出会えたということにより、胸を張って「こっちにする」と選べる決断だったからだと思う。

余談だけど、遊び半分で新しい名字でやった姓名判断の結果は、今の姓の結果よりめちゃめちゃ悪くなっていて「あ…」って感じだった。

でも(元々こういうことに興味は薄いけど)運勢が悪くなろうがなんだろうが自分が選んだ人なんだから、それで幸せだからいいのだと、普段小さなことでくよくよしがちな私がすぐに立ち直った。

当然だけど、自分の選択に自信があるからだ。

 

 

 

だからといって地元への未練というか気持ちが全て消失したかというとそれは嘘にはなる。 

ただ、「◯◯のために」と思ってやる行動は、悪くなったときに「◯◯のせいで」に変わってしまうということを誰かに聞いたか本で読んだことがあり、その言葉を今回思い出した。

なるほどそうだなと強く納得する言葉だ。

今までの誰々のために、と思ってやってきた行動について振り返ったら、確かにそうかもしれない。

もちろん結果的に「◯◯のせいで」となってしまうとしても、誰かのために何かをしたいと思うことは必ずしも悪いことではないと私は思うけど、それでもそういう側面はきちんと見ておいたほうがいい気がした。

 

 

今回の話でいくと、独身時代に両親のためを思って地元に帰るという決断をしたとして、もし地元での生活や仕事、恋愛、いろいろなことが上手くいかなかったとする。

弱い私は、もちろん口に出すことはなくても、それを心のどこかで両親のせいにしてしまうのではないかと思った。

 

これが、私の「地元に帰るか帰らないか問題」でひっかかっていた大きなものだったんじゃないかと。

独身時代、私がずっと悶々としているので「いつか子供は自分のところから巣立っていく、っていうのが世の中の親子のありかただと思う。だから自分がこうしたいからっていうことをするのが一番いいんだと思うよ。」と私の友人が言っていた。

どうも、親戚らが口うるさく言うように「両親の面倒をみる人がいないから」とか「親不孝の極みだから」という理由で帰るのもなんだか違うんじゃないかなと思って心の底から納得できなかったのだ。

でもこれは両親が元気だから言えることであって、もし両親が重い病気になってしまったりしたら「両親に◯◯したい」と思うことがたくさんあると思うから、「せいで」変換されることはないだろうけど。

 

 

確かにこれからも両親は高齢になるんだから、体調を崩してしまう可能性も高くなってくると思う。でも、いつ何が起こるかはわからないので、それを言い出したらきりがない。

結局のところ「そうなったらどうするか」は、実際になってしまったその時その時に考えていくしかないんだろうなと今は思う。

 

 

 

それでも、離れているなりにできることはしたい。毎日電話はしようと思った。

普段は忙しさからついつい連絡を怠ることもあり、また恥ずかしさもあり、電話ではかなりぶっきらぼうな表現しかしない。

私の連絡スタイルは、母に生活上の相談とか聞きたいことを質問してから「最近は大丈夫?」みたいなことをざっくり聞いて割と自分勝手に電話を切るみたいな。

少しは相手の話も聞いてあげればいいのに、両親が元気だからつい甘えてしまい、自分の体の不具合とか身の回りのトラブルとかそういうことの相談をしてしまう。

素直じゃないし、遠慮もしていないから言い方も雑になってしまう。

でも本当は心配している。ツンデレというか頑固親父と同じ感じだと思う。

 

 

 

 

親と話したりできるのも、これから限られた時間しかないのだから自分なりにしたいことをしようと思う。

 

会ったことがない彼氏のことを「もちろん素敵な人だと思うよ。あんたが選んだ人なんだからね」と言ってくれた母の言葉に涙が止まらなかった。

 

 

私をこんな人間に育ててくれたことを感謝したい。

 

この先どんなことがあっても、この決断は正解であり続けると思う。

 

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雑記

Posted by やよい