世の中から消えることがない「不倫」が一体なんなのかという話。

ずっと頭の中ではっきりした割り切りというか、答えが出せない問題があります。

 

人は動物的・本能的に言うと「純粋に一人の人を愛し続けることはむずかしい」という性質を持っているにもかかわらず、あえて結婚という形を選び、そして「浮気」や「不倫」という世の中からなくならない問題について向き合い続けなくてはならないということです。

 

 

 

 

まず、結婚式では永遠の愛を誓わされますが、エターナルラブっていうのはそもそもあり得ないということは、理屈ではよくわかります。

別に私は決して「愛を信じません」とか言ってひねくれてるわけではないし、どちらかというと今でも永遠の愛にあこがれている側の人間なのですが(女の子は自分を含めてそういう人多いと思う)、人間の感情という性質から考えれば、不変の愛の成立は極めて難しいことは理解できます。

なぜかというと、人間の気持ちは常に変わっていくので。

 

ある意味残酷だけど、それは紛れもない真実ですよね。

 

 

 人間の欲望や感情と社会制度的な「結婚」をごっちゃにしているから問題がややこしくなっている感はありますが、家族という性質があるのだからやはり結婚という形がないと社会が成り立たないのもとてもよくわかります。 

 

私は浮気や不倫をしない自信だけは人一倍あるのですが、それも正直言ってこれまでの経験からの考えであって、もし付き合っている人がいるときに、ものすごく好きでたまらない人に出会ってしまったら、したくなるのかもしれません。

私は多分ならないと思っているけど、それは「そうなったことがないからわからない」としか言えない。

 

ただ、裏切られた側の気持ちを考えたら、それを渦巻く状況はもう想像に堪えないものであり、やはりそのことを考えたら私は絶対にできない、と10代のころから思っていました。今でもそうですが。

 

 

「元アイドルの旦那さんが自殺してしまった理由が、女性側のW不倫だった」という報道を見て(世の中にいろいろあるうちの氷山の一角なんだろうけど)胸が締め付けられる思いでした。

報道が真実であるとすれば、旦那さんは奥さんのことを愛していたからこそ、繊細な人だったからこそ、自殺という形をとるしかなかったんじゃないかと想像しました。そうなる気持ちはとても理解できます。

「あなたのことはそれほど」というドラマ化もされた漫画がありますが、その漫画のリアルな形がこういうことだな、決して漫画の話ではなく、世の中にも多くあるんだよな、と改めて感じた。

 

 

誰かが自殺してしまうまで、遺族をこんな思いにさせるまで、そして本人も憔悴するまで、こんなに人の心を摩耗させる恋愛感情って何だろう、不倫って何だろう、結婚って、愛するって何だろう。

どうすればこんなふうに人のことを傷つけないで人を愛することができるんだろう。

って、子供みたいな命題についてよく考えてしまうのです。

 

 

 

 

 

背徳感から浮気や不倫をしてしまう、お酒の勢いと魔が差してつい、っていうケースは比較的立ち直りというか断ち切りやすいと思っていて。

一番厄介なのは相手に熱烈な恋愛感情を持ってしまって 「たまたま出会うのが遅かっただけ」「この人と先に出会っていたらこの人と結婚していたのに」というケースだと思う。

 

ある意味、世界中のすべての人間の中で一番好きな人、一番素敵だと自分が思う人と結婚できるわけではないのかも。

結婚はタイミングだし、「同じ時期に出会ったら旦那よりも好きになったかもしれない」人とその後の人生で出会ってしまう可能性はあるし。

 

だからこそ私は「結婚は誠意」だと思っていて、相手が運命の人だと思ったから結婚するのではなくて、どちらかというと「相手を運命の人にしていく覚悟があるかどうか」っていうことだという考えなのですが。

 

 

だから、前述のことだけではなく、芸能人の不倫報道を見ていて思う。

もちろん、相手と結婚したとき「その時愛していた、好きだった」のはまぎれもない真実だろうけど、「相手を運命の人にしていく、ほかの人を好きにならないで誠意を見せ続ける」っていう意識や覚悟が足りなかったんじゃないかと私は思います。

だから、ある意味その「覚悟」ができない人は結婚に向いていないというか、結婚すべきではないと私は思っています。

人間観察をしていて、そういう思考の人(ちょっと言い方に語弊があるけど、安定志向ではない)は世間に一定数いると思うので、私はみんながみんな結婚に向いていないのになーと。

まあ、そういう人も「結婚はするもの」みたいな現代の風潮に惑わされて、「自分も結婚したいんだ」という気になっているのが現代の落とし穴なのかもしれない。

 

 

相手に対して誠意を持てないなら私は結婚はしない。そんなふうに考える。

むしろ相手がどんなことをしても許せる覚悟があるか?そのくらい好きだと思えなければ。

 

 

 

好きな人のことは傷つけたくない。

そして自分のことは、もっと大事だから傷つけたくない。

好きな人のことは、好きだからこそ、誤っていることに気付いてほしい。

 

もし、好きな人に相手がいたら、わかった時点で切ります。

本能的な「好き」は止められないので、そのことをここで宣言する。

 

 

 

人間の感情はそんなに単純なものではないけど、だからこそこの負のループに巻き込まれる人が世の中でもっともっと減ったらいいのに。

 

 

と、涙ながらに思う休日でした。

 

 

 

ちなみに、エターナルラブが存在しないことについて、好きな人とずっとつながっていられないという根本的な悲しさに気づいてしまったときに、私がいつも読んでる本です。ここでも何度か紹介したことあると思います。

 

さみしさサヨナラ会議 (角川文庫)

さみしさサヨナラ会議 (角川文庫)

 

 

最近、90年代の曲を懐かしく聞いてみると、当時はわからなかった歌詞の意味が深く刺さって、かなりリピートしてます。

 

 

白いカイト

白いカイト

 

 

 白いカイト、この年齢になって歌詞の素敵さが理解できるようになってます。

「悲しみの言葉は全部捨てたい 愛はひとつの言葉では語れないけど」 

っていう出だしからめっちゃしみてる。

 

 

 

 

Love 2000

Love 2000

 

あと今聴いて最強なのがLOVE 2000。

これも、子供のころは歌詞に共感することはなかったですが。不思議なものです。

 

 

 

 

最後に、

今は社会制度的には一夫一妻制ですから(だからこそ不倫という定義が出てくるのですが)基本的には本能にしたがうことが難しい制度ではあり、日本人が自覚している以上に今の社会は「誠実さ」が求められていると思う。

もちろん、もともとの性格の特性なんかも関係あるとは思うけど、これまでまっすぐな愛情を受けて育ってきた人は「人として絶対にいけない」という良心がどこかで勝って、たとえ「一夜限り」があっても、キリのいいところでやめられる、もしくは離婚を考えられる人が多いと思う。

 

 

私がいつか子供を産むことがあれば、人を傷つける人間にだけはなってほしくない、誠意が何かっていうことをなるべく伝えていける親になりたいと思いました。本当の意味で優しい人になってほしいと。

 

 

難しいけれど。

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